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青山七恵(あおやまななえ)『ひとり日和(びより)』

2011-10-13 15页 doc 153KB 486阅读

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青山七恵(あおやまななえ)『ひとり日和(びより)』ひとり日和 『ひとり』 春 雨の日、わたしはこの家にやってきた。 その部屋には、立派な(1)に入れられた猫の写真が(2)の上に並んでいた。入って左の壁から始まり、窓のある壁を通り、右側の壁の半分まで写真は続いている。数える気にもならなかった。猫たちは、だったりカラーだったり、そっぽを向いていたり、じっとわたしを見つめていたりする。部屋全体がみたいに辛気くさく、入り口に立ちつくした。 「これ、いいわね」 後ろからかぎみの薄いマフラーをひっぱられて振り向くと、その小さなおばあさんは、みに顔を近づけて目を細めていた。 のひもをひくと...
青山七恵(あおやまななえ)『ひとり日和(びより)』
ひとり日和 『ひとり』 春 雨の日、わたしはこの家にやってきた。 その部屋には、立派な(1)に入れられた猫の写真が(2)の上に並んでいた。入って左の壁から始まり、窓のある壁を通り、右側の壁の半分まで写真は続いている。数える気にもならなかった。猫たちは、だったりカラーだったり、そっぽを向いていたり、じっとわたしを見つめていたりする。部屋全体がみたいに辛気くさく、入り口に立ちつくした。 「これ、いいわね」 後ろからかぎみの薄いマフラーをひっぱられて振り向くと、その小さなおばあさんは、みに顔を近づけて目を細めていた。 のひもをひくと、コッコン、と音がして白い光が部屋に広がる。窓を開けた彼女の横に立つと、小さな庭の(3)の向こうには一つ細い道を挟んで駅のホームがあった。弱い風が吹いて、が顔をなでる。 わたしたちはしばらく黙ってに立っていた。カンカン、とが鳴り、アナウンサが始まった。 「電車が来る」 そう言ったおばあさんの顔は、青白く、いしわ(4)が目立ち、わたしはなんとなくずさった。 「ここ、あなたの部屋ね」 言い残して、そのまま行ってしまった。 あの人、もうすぐ死にそう、来週にでも。 そう思ったのを覚えている。 この家に来たとき、わたしは自分の名前を名乗らなかった。名乗ったり呼ばれたりすることがほとんどなかったので、名前を言うのは恥ずかしかった。 (中略) 駅から歩くあいた、れのおばさんとすれちがった。デパートに買い物にでも行くのか、ひらひらのいブラウス(5)にしっかりパッド(6)のついたジャケットを着込み、車道にはみ出しながらも足並みそろえて歩いていく。すれちがいざまにきつい香水の匂いがした。嫌ではなかった。人工的で、甘くしつこく、懐かしい匂い。急にさみしくなる。いつだって、懐かしさのあとにはこの心細さがやってくる。おばさんたちの履いているあのき(7)のような靴はいかにも楽そうだ。ふと目をやったら、すぐそばの靴屋に同じような靴がいくつも並べてあった。 の角を曲がり、いくつか細いを通り、突き当たったところにわたしの目指す家はあった。がはげた門には、郵便受けがわりらしい赤いかごがぶら下がっている。この家は駅のホームの端と向かい合わせにあるくせに、わざわざ商店街のほうから回り道をしてこなくてはいけない。ホーム沿いに道はあるけれども、がで囲ってあるせいて、そこから入っては行けないらしい。 (8)はなかった。門の奥には、庭へ出るらしいが続いている。土しか入っていない大小の(9)がその道の半分を占領していた。家のも門と同様ところどころが落ち、赤っぽかったり黒っぽかったり、まだら(10)だった。玄関のには灰色の水道台が備え付けてあり、バケツ(11)がいくつも積み重なっている。その反対側にはの屋根をかすめるほどの大きなの木が植えてあるが、これは妙に立派だった。の葉がに濡れて、光っている。大ぶりのピンクの花があちこちに咲いているが、ってこんな時期に咲くのだろうか。 行きたくないな、と思った。実感を込めて、声に出してみた。声に出すと、とたんに嘘くさくなる。どちらでもない気がした。行きたくないと行きたいとかそんなのはどうだってよく、行けと言われたから来たのだ。東京で暮らせるのであれば、なんだってよかった。 (中略) 「ばあさんと暮らすことになった」 は、画面から目を離さずに「あっそ」というだけでだ。パソコンでをやっている。ポンとか。チーとか、わたしには全く意味のわからない言葉に「くそ」だの、「マジ」だの、一人で興奮している。 二週間前に吟子さんの家に引っ越してから一度も会っていなかったのだが、それでも陽平はさっき別れたばっかじゃん、という顔でわたしを迎えた。彼女の家からここまでは電車をりいで一時間半ほどかかるので、なんとなく面倒になって足が遠のいていた。ただ、その面倒くささを振り切ってここまで来た自分のけなげさ(12)について、何か言って欲しかった。 「どうしてここで暮らしちゃいけないの」 背中をつねってみても、頭をがさがさと(13)かきあげてみても、耳をなめてみても陽平はだった。 「うるさいって思ってるんでしょ」 「ああ?」 最高に面倒くさそうだ、顔も見やしない。 「いいもん帰るから。ばあさんが待ってるから!」 バッグをつかみ取ってばたんとドアを閉めても、なんの気配もない。携帯電話をにしばらく持っていたが、春風の冷たさとから逃げるように駅まで走って帰った。 駅前ので、白い花びらがはらはらこちらに散ってくるのがうっとうしい(14)。春なんてな季節はいらない。晴れていてもなんだかい日ばかりで、じらされているようなのが気にる。冬が終わったらいきなり夏が来ればいい。花見がどうだとか、ふきのとう(15)や菜の花や新たまねぎがおいしい。なんて聞くと、浮かれるなとりたくなる。自分はそんなものには踊らされない、と無意味に力んでしまう。 の薬のせいで、鼻の奥が乾燥して喉が渇き、今日は余計にいらいらした。鼻水をすすりあげる(16)と、なんだか血みたいな味がする。 陽平とは付き合って二年半になるけれども、外に出てデートもしないし、去年は誕生日のプレゼント交換もしなかった。わたしたちはたいがい(17)部屋で一緒に過ごすが、何かの話題で盛り上がることもなければ、派手なけんかをすることもない。空気のような存在といえば聞こえはいいが、わたしたちの場合、お互いあってもなくてもどっちでもいい、というのが空気とは決定的に違うところだった。別れる理由も、そのやり方も知らないが、いい終わりは近づいてきている気がする。どうせ終わるなら自然の流れに沿いたい。自分からその時期を早めることはないだろう。 (中略) 家に帰ると吟子さんはこたつでをしていた。この家のこたつ(18)は異様にぶ厚い。だらけのベージュの(19)の上にもう一枚茶色い毛布、その上にはんてんみたいな赤いを重ねている。 「かえりました」 「あ、おかえり」 吟子さんは鼻までずりさがったを元の位置に戻して言った。陽平とのみじめなやり取りを押し込めるように、わたしは感じよく笑って、ジャケットを壁のハンガー(20)につるした。 「ようかん(21)食べるかい」 「あ、いただきます」 吟子さんは「よっ」と小さくかけ声を入れて立ち上がった。やかんを火にかけてからは、椅子の背に左手、腰に右手をあてて静止している。なんとなくわたしもその隣に立って、流しの小さな窓から向こうの路地のようすを見るともなく、見た。あまりに変化のないその眺めに、つい気がゆるんでいた。 「いろいろ、うまくいかないですね」 「ええ?」 説明するのも面倒くさく、あはは……とあいまいな笑いでごまかした。吟子さんもふふ、と笑った。 のテーブルのには、食べかけの長いようかんがセロハン(22)から半分むき出しになって放置されている。 「わたし、ようかん切りましょうか」 「だいどころで ふっとうしている おゆのかなしさ」 「はい?」 「これいいでしょ」 「なんですかそれ」 「これね、が中学生のときに学校で三番を取った」 「ええと、だいどころで……?」 「だいどころで ふっとうしている おゆのかなしさ」 「台所でしているお湯の悲しさ。ですか、はあ。なんかさみしいですね」 果物ナイフでようかんを切る。かまぼこ(23)のように、うすく、に。ふっと心が軽くなる。何事もこんなふうに、静かに、かつきっぱり(24)、などなく、をつけられたら楽だろうなあ、と思う。 (中略) 夏 (中略) 夏のはじめは、ブルーナのイラスト(25)みたいに世界の色が鮮やかで単純だ。毎日、ワンパターンにれる(26)。カラフルな服装の人が多く、サラリーマンたちも上着を脱いで白やブルーのYシャツ姿で行き交い、ラッシュアワーのホームはくらくらするほど(27)の色の洪水になる。もうすぐやってくる梅雨に向けて、暑さをぎりぎりまで溜め込んでいる感じがたまらなくいい。髪のえに汗をかいたり、靴や下着の中がれていく感触を少しずつ思い出していく。 わたしの売店は駅の真ん中にあって、高層ビルが立ち並ぶ方向には背を向けてきしていた。新聞やガムやペットボトルのお(28)をあわただしく売る。覚えはよく、差し出されたものはほとんど値段をそらで言えるし、もてきぱき片付ける。ブルーのエプロン(29)もなかなか似合っている。毎日同じ時間に同じお茶を買っていくおじさんとか、電車待ちのあいだにささっとをする女の人を見て、働くってこういうことか、とぼんやり思う。 駅員さんの見分けもつくようになった。一番えらい人らしいさんは、毎朝ホームの一番に立ち、帽子のかぶり方もがある。初日から、慣れないわたしを気にかけてくれ、今でも朝の挨拶はかかさない。中年だけれども、いつ見てもきりっとしていてやかだ。その他、若いアルバイトが何人かいた。 一度、吟子さんがわたしを見物しにやってきたことがある。ラッシュが去りひと段落したところだった。ホームの端の一條さんの立ち姿を眺め、あんなお父さんが家にいたらどうだろう、などと空想していたら、突然現れた。 「あれあれ、吟子さん、どうしたの」 「来ました」 「いやだあ……何しに」 「労働少女、ね」 「ちゃんと働いてるでしょ」 吟子さんはを二冊買っていった。そのまま段階を降り、のホームに現れた。わたしは売店の外に出て手を振る。電車がやってきて、動き出してからも、もう一度振ってやる。 その日、勤めを終えて帰宅すると、吟子さんは台所で猫にブラシをかけていた。蒸し暑いのに今日もかっぽう(30)を着ている。ただ、色だけは夏らしく、薄いブルーだ。わたしが留守のあいだに、またあのおじいさんが来ていたらしく、流しにはのグラスときなこのくっついた皿が二枚重ねて置いてあった。わらびもちでも食べたんだろうか。 冷凍庫から棒アイスを取り出し、椅子の上で立てひざをして食べた。 「恋、してる?」 「恋?」 「そう。恋。恋」 吟子さんはにやにやしている。 「知孝ちゃん、好きな人ができたのかい」 「あたしじゃないよ」 「いやいや」 「あたしじゃないって。吟子さんでしょ」 「やあねえ」 「恋は、わからん」 吟子さんは、ほっほっほ、と笑っている。 「ねえ。一生のうち、忘れられない人っている?」 「忘れられない人?」 「教えてよ」 しつこくせがんだら、彼女は笑顔を浮かべたまま話し出した。猫の毛のついたブラシを、うちわのように揺らしていた。 その昔、台湾人と恋に落ちたらしい。 若いころの、かなわぬ(31)である。 「その人ねえ、優しくって、背が高くって、目がこんなにくりくりしてて、いい人だったねえ。台湾から来てた人だけど、日本語が上手だった。結婚したいなと思ったんだけど、みんなに反対されて、そのうちその人、国に帰っちゃったのね。あのときは泣いたねえ、世の中がくって、の憎しみを使い果たした気がするねえ」 「一生分の憎しみってどんなの?」 「もう、わたしはなあんも憎くないね」 「どうやって使い果たしたの」 「忘れたよ」 「あたし、今のうちに、むなしさを使い切りたい。老人になったときにむなしくならないように」 「ちゃん、若いうちにそんなの使い切ったらだめよ。楽しいのばっかりとっておいたら、とったとき、死ぬのがいやになるよ」 「いやなの、死ぬの?」 「ああいやだねえ。つらかったり痛かったりするのは、何歳になっても恐ろしいねえ」 今、猫ブラシを揺らしながらそういう吟子さんが、恋に破れ、泣いて世を恨んだ姿を想像するが、ぴんとこない(32)。 わたしはまだ、何かを心から悲しんだり憎んだりすることがない。だから、悲しみや憎しみがどんな思い出になるのかも、よくわかっていない。とだが、そういうことに立ち向かっていくのはもっと先のことだろうと思っていた。 できればこのまま若く、のにもまれず、静かに生活していきたいが、そういう訳にもいかないだろう。それなりの苦労は覚悟しているつもりだ。わたしは、いっぱし(33)の人間として、いっぱしの人生を生きてみたい。できるだけを厚くして、何があっても耐えていける人間になりたい。 (中略) 秋 (中略) それからちょくちょく、彼の小物をこっそりいただいている。といっても、君はあまり荷物を待たない人なので、彼の家にお邪魔したときに、いろいろとくすねている。缶コーヒーについてくるおまけのミニカー(34)だとか、キーホルダー(35)とか、ごつい(36)とか、パンツとか。持ち帰って、とくと眺めてから、にしまう。そのついでに、死んだ人を偲ぶように、わたしはそこに入っているものを取り出し、その持ち主だった人のことを思う。 クラスのだった男の子の体育帽。前の席に座っていた女の子の花の飾り付きゴム。憧れていた数学の先生の赤ペン。間違えてされていた、マンションののダイレクトメール(37)。くしゃくしゃに丸めあったティッシュを開けると、短い髪の毛が出てきた。陽平の髪の毛だ。寝ているあいだに、はさみで切って持ってきた。藤田君とは対照的なっなくせっ(38)。をひっぱると、音もなく真ん中で切れてしまう。 箱に顔を伏せて、匂いをかいでみた。 そこに入っているものは、年々色あせていく。個々の匂いを失っていく。わたしは、変わっただろうか。 「吟子さん、あたしここに来たときと比べて、大人っぽくなった?」 「知孝ちゃんが?別に変わっていないよ。まだ半年くらいしかたってないでしょ」 「え。全然、変わっていないの?」 「おばあちゃんに、若い人はよくかわらないからね」 「あたしも、おばあさんはみんな同じに見える。自分の歳とか、覚えてる?あたし、自分が何歳だか忘れるときがある」 「自分の歳くらいは覚えてるわよ」 「じやあ、何歳?」 「七十一歳」 「それって、歳の割には若いの、?」 「若いじゃないの……」 「へえ、そうか」 わたしは来年二十一歳になる。この人は、わたしより五十年も長く生きている。その五十年の歴史をわたしが知ることとは、たぶんないだろう。 藤田君とに行った。のシーズンには少し早く、それほど混雑していない。山に登りきれいな空気を楽しんだあと、駅前ので山かけそばを食べて帰って来た。山登りのときは、ほとんど足元しか見ていなかった。藤田君は何もしゃべらずただ早足で登っていくので、それについていくのに必死だった。 「もっとゆっくり行こうよ」 息を切らしてそう頼んだら、彼は不思議そうな顔をして、ああごめん、とわたしの手をとった。 電車の中ではいのスニーカー(39)の足を投げ出し、ポッキー(40)をかじりながら、とぎれとぎれに言葉を交わした。 つつじ(41)で特急電車の通過待ちをしているとき、のあと、ずずずと鈍い音が続き、特急が停まった。乗り合わせた人々がざわつく。 ホームに出ると、駅員さんたちが続々とホームの端のほうに掛けていくところだった。線路に下りて、車両の下をきんでいる。特急電車は、ホームを少し過ぎたところで停まっていた。一緒に電車の通過を待っていた人のほとんどが外に出て、その光景をで見つめている。 「これは、しばらく動かないな」 藤田君は、あまり関心がなさそうだった。 「。飛び込んだの?こういうの見たことある?」 「俺はない」 「死んじゃったかな」 「だろうね」 わたしは駅員さんたちが集まっている近くまで行ってみたかった。死んだ人がどうなっているか、気になった。 「歩いて帰ろう」 藤田君はわたしの袖をひっぱった。手をつなぐと、いつもの通り温かかったので安心した。 に続く階段の脇に、もみじの葉のようなものが落ちていることに気付く。目が悪いのでよく見えないが、か、肉のかけらみたいだ。 指差すと、藤田君がげっとつぶやいて立ち止った。わたしはその赤いものからしばらく目が離せなかった。 「ねえ。ああいうふうには死にたくないね」 「俺は死なないよ」 「でも、は今でも近づいてるよ」 「そんなの、まだ遠いよ」 「でもさ……いつ死ぬかわかんないんだよ。何もしないまま、死んじゃうかもしれないんだよ」 「で?」 そう返されると、わたしは何も言えなかった。 (中略) やることがないので、隣の駅の図書館に行こうと歩いていたら、のブロック(42)にき(43)がしてある。いスプレー(44)の漢字が連なった最後は、生きていられると思うなよ、と、元気よく締めくくってあった。 生きていられると思うなよ、かあ。 の叫びって、こういうことだろうなあと思う。 憎しみやりのすぐそばで、生きていることを「エンジョイ」(45)している若者が目に浮かぶ。たぶん、わたしより若いだろう。危ないこともたくさんしているのだろう。 そんなふうになりたいものだ、と思いながらコンビニに入り、チョコレートを買ってみきながら歩く。いちょうののある公園に入り、をりらしながらで行く。にある小学校では、のフェンス(46)の向こうで半袖半ズボンの子どもたちがかん高い声でいでいた。ジャージ(47)の先生が笛を吹くと、一瞬で静まり返る。 わたしはフェンスをみ、っぽく思いきり顔をくっつけてみた。キンモクセイの匂いがする。列を作った子どもらが、かけ声を出して走り始める。 死にたいな、と思った。 藤田君と見た、人身事故の光景を思い出す。ホームに飛び散っていた、もみじのような血の跡。 自分の体を切っていても、あんなに鮮やかな赤い血が流れるだろうか。茶色くにごった血がどろっと流れるだけという気がする。 なんだか疲労している。つもりつもったりにも、夏とは違う空の青や子どもたちの細い足を見るのも、単調なを歩くのも、その先に待つおばあさんとの生活にも。 乾いた風が吹いて、髪の毛が顔にかぶさる。春に切った髪の毛はずいぶん伸びた。季節や、体や、どうでもいいことばかりが変わっていく。 冬 (中略) 庭のは全部枯れた。 猫も外に出て行かない。わたしと一緒に石油ストーブの前でごろごろと寝転がっている。 「お前たち、いつ死ぬんだい」 クロジマもチャイロも(48)、わたしがひげをひっぱると迷惑そうな顔をして台所に行ってしまった。おの上には、にみかんがりに積んである。 追うものなどなく、去っていくばかりに思えるのに、わたしの心はあせっている。 ピアノをめちゃくちゃに、叩くように引きたい。 の中の洋服を全部燃やしたい。 指輪や、ネックレスやら、ビルの上から投げ捨てたい。 を一度に十本吸いたい。 そうしたら、振り切れるだろうか。 ちゃんとした生活など、いつまでたっても自分にはできない気がした。手に入れては投げ出し、投げ出され、投げ出したいものはいつもでも一掃できず、そんなことばっかりで人生が出来ている。 (中略) その晩、わたしはダンボール(49)だらけの部屋で、あの靴箱を開けた。 靴箱の中の小物たちは最近、わたしを慰めてくれない。心を思い出に引き戻すだけだ。苦かったり甘かったりする記憶を、自分ひとりで楽しむ手伝いをするだけだった。それでもわたしは箱を捨てることができない。長いあいだ、頼よりすぎた。靴箱を持ち上げて揺らしてみると、中のがらくた(50)たちがかしゃかしゃと乾いた音をたてる。 ロシア人形と、のの箱と、首の取れたピエロ人形をつかんで吟子さんの部屋に行った。寝込みに忍び込むのは、これで三回目だ。ふすまが音をたててしまうポイントも、きしみが激しい畳の位置も、なんとなく知っている。息を殺して、手に持っているものを一つずつもとあった場所に戻していった。 何か一つくらい、ちょっとしたものを記念にいただいていくつもりだったのに、迷っているうちに何も欲しくないような気がしてきた。 吟子さんのに座ってみる。この小さいおばあさんが、もう悲しんだりむなしくなることがなければいいけど、無理なんだろう。使い果たしたと思ってても、悲しみやむなしさなんかは、いくらでも出てくるんだろう。 (中略) 春の手前 (中略) 日曜、東京に向かうは混んでいる。 約束どおり、わたしはあのとに行く。 髪をおろして、きれいに化粧をして、まだ冬物のコートを着てはいるが、体がいつになく軽い。一両目の車両に乗り込み、運転席のすぐ後ろのガラス窓に顔をくっつけるようにして、外の風景を眺めた。 線路はどこまでもまっすぐに続いているように思われた。通り過ぎていく沿線の団地では、示し合わせたように、どのベランダにも布団が干してある。の公園の端には、白い梅の花が咲いているのが見えた。 電車がの橋に差し掛かった。には、まだ茶色い枝を伸ばしただけのがと続いている。あと一ヶ月もすれば、花は満開になって、わたしはそれを満員電車の中から眺めるのだろう。腕時計をして、きちんとパンプス(51)を履いて、黒いかばんを持って。茶色い犬を連れた男の子が、灰色のコンクリートに線を引くように走って行くのが見える。 約束は、駅の改札に十一時だった。 でに乗り換え、新宿でに乗り換える。各駅停車の、一番前の車両に乗る。 地上に出ると、電車はゆっくりのホームに入って行った。よく知っているホームの風景が、窓の外を流れていく。これから試合に行くのか、日に焼けてラケットケース(52)を背負った女の子たちが、あの売店の周りを取り囲んでいるのが見えた。立っている整理員たちは皆知らない顔で、藤田君も、イトちゃんも、一條さんも、見当たらない。電車の  扉が開くと、わたしは外に出てホームを見渡した。中央にある売店は遠くて、どんな人が働いているのかわからなかった。 再び動き出した電車は、見覚えのある景色の中を走って行く。だらけの車両の中、     に張り付くように立っているわたしを、すぐ横の座席に座った小さな女の子が不思議そうに眺めている。 吟子さんの家がある駅の名がアナウンスで告げられると、わたしはいっそう強く扉のガラスに額を押し付けた。電車が速度を落とすにつれ、背の高いキンモクセイが向かいのホーム越しに見えてくる。 その家は、今も変わらずそこにあった。 手前に見えるは、相変わらず長さが揃わず、枝がところどころ飛び出している。しには、かっぽう着やバスタオルが干してある。その向こうでは、ここからは半分しか見えない窓が太陽を反射してまぶしく光っていた。わたしはその中に吟子さんの姿を探した。 電車の中から見えるその景色は、りの写真のようにぴたりと静止している。そこにある生活の匂いやりを、わたしはもう親しく感じられなかった。自分が吟子さんの家に住んでいたのがどれくらい前なのか、ふとわからなくなる。ホームに出ておーいと叫んだとしても、その声があっちの庭に届くまでに何年もかかるような気がした。 発車ののベルが鳴って、背後で扉が閉まる。 電車が動き出してからも、額をガラスに押し当てたまま、その家が遠ざかっていくのを眺めた。屋根の上でに光るアンテナ(53)まで見えなくなると、わたしは扉にもたれて、少しのあいだ目を閉じた。 車両が大きく揺れて、女の子が叫んで、笑う。 目をやると、靴を脱いだ彼女は座席の上に立って窓を開けようとしていた。それを、母親らしい女の人が面倒そうにりながら手伝っている。やっと開いた窓から風が吹くと、女の子がポニーテール(54)が揺れた。青いスカートのもめくれた。 電車は少しもスピードをゆるめずに、誰かが待つ駅へとわたしを運んでいく。 青山七恵『ひとり日和』(河出書房新社、2007年2月28日、第一版)による。 [注释] (1)額縁:镜框,装饰框。 (2)鴨居:。(拉门,拉窗等的)上框。 (3)垣根:篱笆,栅栏。 (4)深いしわ:深深的皱纹。 (5)ひらひらの白いブラウス:宽松的白色圆领衫,随风飘的样子。 (6)肩ペット:衬肩 (7)上履き:拖鞋,在这里指拖鞋样子的鞋。 (8)札:(钉在门旁或门上的)名牌,姓名牌 (9)植木:栽种的树;盆栽的花木。 (10)まだら:色彩斑驳;颜色花花搭搭。 (11)バケツ:水瓢;(铁)水桶。 (12)けなげさ:值得赞扬。 (13)がさがさと:沙沙,干燥,不滑润的状态,粗糙。 (14)うっとうしい:天气阴郁。 (15)ふきのとう:〈植〉款冬花茎。 (16)すすりあげる:吸鼻涕。 (17)たいがい:大部分,多半。 (18)こたつ布団:被炉上盖的被子。 (19)毛玉だらけのベージュの毛布:满是毛球的驼色毛毯。 (20)ハンガー:西服挂,衣钩。 (21)ようかん:羊羹。 (22)セロハン:包装用的玻璃纸。 (23)かまぼこ:鱼糕。 (24)かつきっぱり:果断地,不拖泥带水地。 (25)ブルーノのイラスト:布鲁诺的绘画。布鲁诺,Dick Bruna(1927-),荷兰插画作家。 (26)ワンパターンに晴れる:艳阳高照。 (27)くらくらするほど:令人眩晕,眼花缭乱。 (28)ペットボトル:瓶装茶。 (29)エプロン:围裙。 (30)かっぽう着:(日本式)烹调时穿的大围裙。 (31)かなわぬ恋:没有结果的恋情。 (32)ぴんとこない:此处指想象不出。 (33)いっぱしの人間:一个像样的人。 (34)おまけのミニカー:买咖啡时作为赠品奉送的迷你车模。 (35)キーホルダー:钥匙扣。 (36)ごつい指輪:粗糙的戒指。 (37)ダイレクトメール:信件广告,邮寄广告,直接邮寄的广告。 (38)真っ黒なくせっ毛:黑色的卷发。 (39)スニーカー:轻便运动鞋,此处特指情侣运动鞋。 (40)ポッキー:一种饼干。 (41)つつじヶ丘駅:杜鹃之丘站。 (42)高架のブロック:此处指公路桥。 (43)落書き:(在公共场所墙壁等处)乱写(的词句);胡乱涂(的)画;涂鸦。 (44)青いスプレー:蓝色喷漆。 (45)エンジョイ:enjoy 享受。 (46)水色のフェンス:天蓝色栅栏。 (47)ジャージ姿:穿紧身运动衫的老师的样子 (48)クロジマもチャイロも:猫的名字,可译为“黑子”“黄毛”。 (49)ダンボール:原义是瓦楞纸箱,这里暗指打包好的行李。 (50)がらくた:破烂,不值钱的东西。 (51)パンプス:浅口高跟鞋。 (52)ラケットケース:网球拍。 (53)アンテナ:天线。 (54)ポニーテール:马尾辨。
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