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「好きなんだ。付き合ってほしい」
同期の木島君から告白された。
場所は駅のホームだ。
会社帰り、フ?ミレスで二人で夕飯を食べて、その後だった。
次の電車が来るまでまだ時間があって、普段通りに会話していた。寒いねなんて言いながら手を擦っていたんだ。
木島君のいきなりの告白はわたしに冬の風の冷たさを忘れさせた。身体が、胸が火照るのを感じた。
仕事のときと同じように、違う、仕事のとき以上に真剣な瞳で気持ちを伝えてくれた。フ?ミレスではソフトドリンクしか注文していないから、?ルコールの勢いだなんてことはない...
日文短篇小说
「好きなんだ。付き合ってほしい」
同期の木島君から告白された。
場所は駅のホームだ。
会社帰り、フ?ミレスで二人で夕飯を食べて、その後だった。
次の電車が来るまでまだ時間があって、普段通りに会話していた。寒いねなんて言いながら手を擦っていたんだ。
木島君のいきなりの告白はわたしに冬の風の冷たさを忘れさせた。身体が、胸が火照るのを感じた。
仕事のときと同じように、違う、仕事のとき以上に真剣な瞳で気持ちを伝えてくれた。フ?ミレスではソフトドリンクしか注文していないから、?ルコールの勢いだなんてことはない。
それまでも食事に誘われることはたくさんあった。こちらからも誘った。仕事外でのプライベートなメールのやりとりも頻繁にした。でも、木島君がわたしに恋愛感情を抱いているのだろうと思ったことは一度もなかった。最も仲の良い同僚という認識でいた。きっと、わたしは鈍感で、そして、木島君は気持ちを表に出さないように努めていた。
小さな会社だ。社員同士の恋愛はすぐに知れ渡る。過去に恋愛関係のいざこざが社に悪影響を及ぼしたケースがあるという話を噂では何度も聞いた。正直、役員の中には社内恋愛をよく思わない人たちも少なからずいる。そんなデメリットがあることを知りながらも、木島君は気持ちを告げてくれた。
わたしはびっくりした。
嬉しかった。
実はわたしも木島君を異性として意識していたんだ。
木島君の告白を受け入れたかった。
でも、受け入れられなかった。
「ちょっとびっくりしちゃったけど、ありがとう。ねえ、返事は、待ってもらってもいいかな。少し、考えたいの」
「うん」
木島君はいつまで待てばいいかをわたしに尋ねることなく、ただ、頷いた。
いつも通りに手を振って、それぞれ反対方向の電車に乗った。見知らぬ人ばかりの車両内、木島君と手を繋いでいる自分を想像した。木島君の隣で穏やかに眠っている自分のことも、想像した。
家に着き、ベッドの上に寝転がる。
天井を見つめた。そのまましばらくぼうっとした。
「好きなんだ。付き合ってほしい」
木島君の告白を思い出し、目を閉じた。
「九年か」
わたしは呟き、軽く息を吐き出した。
木島君の思いに気づいていなかったのではなく、現実から心を背けていたのかもしれない。
目を開けて起き上がり、本棚の一番下の段に置かれた卒業?ルバムを手にとった。中学校の卒業?ルバムだ。
クラスの集合写真、そこには八年近く前のまだ十五歳のわたしがいる。最前列で椅子に腰掛けて、どことなく固い表情をしている。
一番後ろの列には三好君がいる。隣の男子と肩を組んで笑っている。同じ列の他の生徒たちよりも頭半個分以上、背が高い。肩幅も広い。顔だけじゃなくて、スタイルもよかった。
水泳部のエースで、わたしの初恋の相手だ。
多分、わたしだけじゃなく、他の多くの同級生たち、先輩や後輩たちにとっても、初恋の相手だっただろう。
二年生のとき、同じクラスになった。「三好君と同じクラスじゃん。羨ましいな」そんなことを何人もの友達に言われた。彼はそれぐらいに人気者だった。かっこよくて、面白くて、人当たりもよくて、勉強もできた。
彼の人気は恋愛に限った話だけじゃない。男女問わず、友達もたくさんいた。
おそらく、学校内で最も注目されている人だったと思う。
よい評判を頻繁に聞いた。
そして、女性関係について、悪い評判も聞いた。貰ったバレンタインチョコレートをコンビニのゴミ箱に捨てているのを見たとか、ラブレターを焼却炉で処分していた
とか、同時に複数人と交際したとか、そんな噂だ。
わたしはそれらの悪い評判については、信じなかった。きっと妬みが生んだ嘘に違いないと決めつけた。人に好かれる人はそれと同じぐらい嫌われもするんだ。?イドルにフ?ンと?ンチがいるのと同じだ。
三好君に対するよいイメージだけを膨らませ続け、それに比例して、恋心も大きくなっていった。
中学二年の冬、告白することを決めた。
今は彼女がいないらしいという噂を信じた。
「話したいことがあるの。放課後、図書室に来てもらってもいいかな」
昼休み、廊下を一人で歩いている三好君にそう話した。
「うん、わかったよ」
三好君は理由を聞いてくることなく、沈黙を挟むこともなく、普段通りの笑顔で言った。きっと、告白され慣れていたのだろう。
午後の授業、わたしはノートをとることもせず、頭の中で何回も何十回も繰り返し告白の練習をした。なんの科目だったかなんてまったく覚えていない。
ホームルームが終わると同時に図書室に行き、三好君が来るのを待つ間も、イメージ上で好きと告げ続けた。心臓の鼓動が聞こえそうなぐらいに激しく緊張していた。
三好君が現れたのはわたしが図書室に到着してから二十分後だった。もしかしたら場所を誤って伝えただろうかと心配しているとやってきた。ただ、心配が安心に変わりはしない。緊張はさらに激しさを増した。
「話ってなんだろう」
「えっと、もうちょっと奥でもいいかな」
わたしはそう言って三好君と図書室の最も奥、他の人からは本棚で見えない場所に移動した。
「それで、話って」
「あの、三好君のことが好きなの。付き合って、ください」
わたしは胸を押さえながら、自分よりもずっと高い位置にある三好君の目を真っ直ぐに見つめ、告白した。
三好君はまるでマンガの擬音のように「くすり」そう笑った。この笑いの意味はな
んだろうとわたしは考えた。きっと深い意味なんてない、わたしを見下しているなんてことはもちろんない、そう決めつけた。
「本当に、好きなのかな」
「えっ」
「オレのこと、本当に好きなのかな」
「本当だよ、もちろん」
「好きって言われることはけっこうあるけどさ、なんか、みんな軽い気持ちで言ってる感じがするんだよね」
そう話す三好君は笑顔だった。わたしはきっと、必死な表情をしていただろう。わたしの気持ちを信じてくれない三好君への怒りなんてなく、ただ、信じてもらいたい一心だった。
「本気だよ。軽い気持ちなんかじゃない。信じてよ」
「じゃあさ、その気持ちが本当なら、また十年後に告白してきてよ。十年間、オレのことを好きでいてくれたら、そのときに気持ちを信じるよ」
「じゅ、十年」
「そう。十年。気持ちが本当なら、十年後も好きだよね、オレのこと」 「う、うん。十年後も、好きだよ」
「そうだよね」
「うん」
「じゃあ、十年後、また伝えてきてね、気持ち」
「十年後ね。わかった。そのときまた、告白する」
わたしを適当にあしらうための提案だなんて思わなかった。からかわれているなんて考えも浮かばない。また十年後に告白すると純粋な気持ちで決心した。十年我慢すれば恋人にしてもらえるという意味だと勝手に解釈していた節もある。
三年生でも同じクラスだった。だからって二人の距離が縮まることはない。クラスメイト以上でも以下でもないまま時は流れ、卒業の日を迎えた。わたしはまだ、三好君への恋心を抱いていた。
三好君の進路は私立の男子高、わたしの進路は公立の共学、卒業したならもう学校で会うことはない。「家の住所を知っているから大丈夫。告白することはできる。こ
れで終わりじゃない」卒業式の最中、わたしは自分にそう言い聞かせ続けていた。校長の話なんて当然、耳には入ってこない。
卒業式の後にはフ?ミレスとカラオケボックスでのお別れ会が予定されていた。ただ、三好君は用事があって来られないことをわたしは知っていた。式の終わりが三好君との学生生活の終わりだ。
「またね」
式終了後の昇降口、わたしは男女問わず多くの人に囲まれている三好君に言った。後輩だろう子たちもたくさんいた。
さよならとは言えなかった。そう言ってしまうと永遠に会えなくなる気がした。
お別れの挨拶なんて世界からなくなってしまえ、お別れの挨拶がなくなればずっと一緒にいられるかもしれない、そんなことを思っていた。
「おう。じゃあな」
三好君は自然に、別れを惜しむ感じなく、わたしに告げた。
わたしは泣きそうになるのをこらえ、絶対に負けないと心の中で誓った。そう、諦めてしまいたくなる自分に負けないと、誓ったんだ。
あの日から約八年が経った。
告白した日からは九年だ。
三好君とは卒業後、一度も会っていない。高校二年のときに行われた同窓会には部活が忙しいらしく来なかった。今、どこでなにをしているのか知らない。知りたくないと言えば嘘になる。知りたいと言っても嘘になる。
会いたくないと言えば嘘になる。会いたいと言っても嘘になる。
高校に進学してからもしばらく、三好君のことを思っていた。同じクラスの男子に告白されたとき、好きな人がいるからと断った。
高校二年の終わり頃から、三好君のことをあまり考えなくなった。大学に進んでからはたまに思い出すぐらいになった。それでもなぜか、告白をすべて断ってきた。恋愛対象として見ることができないから断ったこともあるけれど、付き合いたいと思う相手でも、首を横に振った。
自信がなかったんだ。
自分の気持ちを信じられなかったんだ。
中学時代、わたしは三好君のことを十年間愛し続けられると確信していた。そこには迷いなんてなかった。それなのに、その通りにはならなかった。十年どころか三年程度で彼はわたしの心からほぼいなくなった。
それに、中学時代の自分のことを裏切りたくなかった。
あの頃の純粋さを失ったのだと認めたくなかった。
気持ちは変わってしまったとしても、せめても、十年間、他の男性に好きと伝えることを避けたかった。
三好君と付き合いたいとは思えなかった。だってもう、わたしの気持ちは彼には向いていない。でも、三好君と付き合えたならロマンチックだなんて考えることも少なからずあった。心がちぐはぐだった。まるで建て付けの悪い家みたいだ。窓を閉めるとその衝撃でド?が開き、ド?を閉めるとその衝撃で窓が開いてしまう、そんな家のような心だった。
人間は誰だってなにかしらの権力を持っている。その権力は社会的地位の高い人ほど強い。範囲も広い。ただ、社会的地位がないに等しいぐらい低くても、自分のことは好きにできる。でも、わたしは自分自身のことを好きにできている気がしなかった。権力を持て余しているように感じてしまうことばかりだった。権力があるからバカなのか、それともバカなのに権力を持ってしまったのかと悩むことも度々あった。
自分のことをどうすればいいのかがわからなかった。
迷子になった心といくら向き合ったところで、答えはなにも出ない。
自分と向き合うことがムダな努力にすら思えた。氾濫しそうな川をなんとかしたくて手で水を一人すくい続ける、それぐらいに地道で無意味に終わる作業に感じられた。
もう何年も答えの出ない葛藤を続けてきて、また、告白された。告白してくれる人がいる。
わたしは卒業?ルバムを棚に戻してベッドの上で膝を抱え、木島君からの告白を思い出した。
「好きなんだ。付き合ってほしい」
わたしも木島君ともっと一緒にいたかった。デートしてみたい。夜通し多くのことを語り合いたい。けれど、告白を受け入れる自分をイメージすることはできなかった。遠い未来の幸せな自分はがんばれば想像できるのに、明日の自分の笑顔を思い描くこ
とはどうあがいてもできなかった。
どうすればいいのか悩んでまともに眠れないまま、朝を迎えた。
仕事中、木島君は前日までと同じように普通に話しかけてきた。わたしは、普通に接するように心がけていたけれど、どこかぎこちなかったかもしれない。
午後七時、仕事を終え、女子更衣室を出た。ちょうど隣の男子更衣室から木島君が出てきた。
「お疲れ様」
木島君は言った。
「うん、お疲れ様」
わたしも言った。
二人並んで廊下を歩き、エレベーターに乗った。会話はなかった。無言のまま、駅へと歩いた。
大通りの交差点、信号が赤に変わり、わたしたちは立ち止まる。 「ねえ、木島君」
「なに」
「昨日の告白の話だけど」
「うん」
「返事って、どれぐらいなら待ってもらえる」
「十年だって待つよ」
木島君は少しの間を置くこともなく答えた。
その笑顔には僅かな迷いもなかった。
そう、まるで、中学時代のあのときのわたしみたいにだ。
中学時代、わたしは純粋だった。そして、その純粋さは大人になったから失われてしまったのだと思ってきた。純粋さを失ったことを認めずに済むようにと生きてきた。
それを認めてしまうともうどんな恋に対しても自信を持てなくなってしまう。
だって、純粋な時代の恋を否定してしまったなら、純粋じゃなくなったわたしはどんな恋も肯定できない。
木島君の答えはそんな考えを持つわたしに救いをくれた。
中学生だから純粋、大人だから純粋じゃないなんてことはない。
だって、大人である木島君は、中学生の頃のわたしと同じように、十年後の自分の気持ちを信じた。信じてくれた。
人の気持ちなんて変わる。わたしはそのことを知っている。
でも、変わらない気持ちだってあるかもしれない。きっと、ある。
わたしは信号が青に変わると同時に、木島君の手を強く握った。 「十年後もまた、好きだって言ってね」
温かい手を引いて新しい一歩を踏み出した。
二人で踏み出した。
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